友達と話していて、ふっとした時に「なーるほど、本当にそうだよなぁ」 と感じたら、ずっとそのことが頭からはなれなくなる。

7−8年前に東京であったアメリカ人のPaulは満員電車に乗る体験について 次のように話してくれた。

「同じ満員電車に乗っていてひどく不幸な顔つきをした人達と そうでない人達がいることに気づいたのさ..

ぼくの友達でも満員電車に乗るだけでstress outして、日本が大嫌い になるのがずいぶんいるしね

満員電車に乗っているという事実は変えられなくてもね、自分自身に送る signalは少なくとも変えられると思うんだ

ある人は、こんなに苦しい事は最悪だってnegativeなsignalを自分に向かって 発信し続けるし

別の人は、こんなにたくさんの人に囲まれるって田舎じゃむりだし、結構 excitingだぜってpositiveなsignalを送ることもできるしね

こうしたちょっとしたsignalが積み重なると、signalがpositiveであるかnegativeであるかで その人の人生にとてつもなく大きな影響を及ぼす気がするんだ」

Paulがいったsignalという言い回しがとても気に入って、僕は自分の発するsignalに もっと意識を向けることが出来るようになった気がする。






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