友人夫婦と話していて 友人の「奥さん」から、 面白くてとても「恐い」話を聞いた ある朝彼女が出勤する時に、 後ろから「奥さーん」という声がした時 彼女を含めて、前後を歩いている 女性4−5人が全て 後ろを振り返ったという事だった。。 彼女たちは皆結婚していたから、 その事自体は納得できる話だけれど、 それは「鳥肌が立つ」ほど 恐ろしい光景だったらしい.... その話がとてもビシュアルで、 僕の頭からしばらく離れずにいた ............ ************************************* 「言葉」は便利だけれど ...とても危険だと思う ある一般名詞等で表現してしまうと、 それぞれの持つ個性を かなり、、、又は「完全」に 否定してしまうものだ 「奥さん」と呼んだり、 呼ばれたりするだけで 個人個人の持つ個性や 人間性を引き出すことは とても困難になってしまう.... 「xxxx」だから、こうすべきだ 「xxxx」だから、こうすべきでない 一般名詞という「レッテル」で 行動規範が作られ そのうち思考さえも限定される 初めのうちは、個性を一般化されることに 一生懸命、抵抗するんだけれど ほとんどの人たちは、しばらくすると くたびれて「一般名詞の奴隷」になってしまう ************************************ 僕が興味を持つ事ができるのは 「奥さん」、「御主人」 「課長」、「部長」、「お役人」 等の一般名詞では決してなくて その人自身だけが持つ 「個性」、「考え方」 「感受性」だ ...だから... いつまでも「一般化」されることに 抵抗している人たちを見ると 「がんぱれっー」って 声をかけたくなる。。 ...... ****************************** 安定のなかで 挑戦する精神が失われると あなたは「内部崩壊」していきます .............. 全てのものは 内部に「挑戦的状況」を 作っておかなければ 「個人」、「組織」を問わず 衰退していくものです (アーノルド・トインビー) ******************************* |