友人夫婦と話していて

友人の「奥さん」から、

面白くてとても「恐い」話を聞いた

ある朝彼女が出勤する時に、

後ろから「奥さーん」という声がした時

彼女を含めて、前後を歩いている

女性4−5人が全て

後ろを振り返ったという事だった。。

彼女たちは皆結婚していたから、

その事自体は納得できる話だけれど、

それは「鳥肌が立つ」ほど

恐ろしい光景だったらしい....

その話がとてもビシュアルで、

僕の頭からしばらく離れずにいた

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「言葉」は便利だけれど

...とても危険だと思う

ある一般名詞等で表現してしまうと、

それぞれの持つ個性を

かなり、、、又は「完全」に

否定してしまうものだ

「奥さん」と呼んだり、

呼ばれたりするだけで

個人個人の持つ個性や

人間性を引き出すことは

とても困難になってしまう....

「xxxx」だから、こうすべきだ

「xxxx」だから、こうすべきでない

一般名詞という「レッテル」で

行動規範が作られ

そのうち思考さえも限定される

初めのうちは、個性を一般化されることに

一生懸命、抵抗するんだけれど

ほとんどの人たちは、しばらくすると

くたびれて「一般名詞の奴隷」になってしまう

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僕が興味を持つ事ができるのは

「奥さん」、「御主人」

「課長」、「部長」、「お役人」

等の一般名詞では決してなくて

その人自身だけが持つ

「個性」、「考え方」

「感受性」だ

...だから...

いつまでも「一般化」されることに

抵抗している人たちを見ると

「がんぱれっー」って

声をかけたくなる。。

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安定のなかで


挑戦する精神が失われると


あなたは「内部崩壊」していきます


..............


全てのものは


内部に「挑戦的状況」を


作っておかなければ


「個人」、「組織」を問わず


衰退していくものです




(アーノルド・トインビー)

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