美しい作品に魅せられて
作者に近づけばより美しくなる
と思うのも、目のくらんだ
人間の誤解である
ヨーロッパでは
名著を読んだら作者に会うな
という
遠くから青く見えた山も
ふもとに行ってみれば
雑然たる風景となるのが
関の山である
山のあなたの空遠く
幸住むと人のいう
(カァル・ブッセ、上田敏訳)
外国の古典が自国の現代
文学よりも深く心ひかれることが
すくなくないのは
当たり前
遠きにありて思うことが
できる昔の山は
近くの山よりも
青いのである
- 外山滋比古
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山のあなたの空遠く
幸住むと人のいう
僕が物心がつくかつかない頃
母親が何かのきっかけで
この詩を口ずさんでいるのを
聞いた時
ある風景が僕の中に生まれた
幾重にも重なった山々
その上には群青色の空
そしてその遥か先に
とても居心地がいい場所
があって
みんなそこに行きたいと
思っているけれど
誰もまだ行ったことのない
不思議な場所
そのような情景が子供の僕の
中にくっきりと浮かんだ
山のあなたのあなたって
何だろう?
幸が住むって、幸は人なのか
それともことがらなのか
部分部分は理解できなかった
けれど、
詩全体が醸し出す風景は
まるで風景を額縁で
切り取ったように
はっきりと僕の目の前に
提示された
飛行機の中で本を読んでいて
またこの詩に出会ったときに
同じ風景が立ち上がり
そのころの自分にまた
出会った気がした
見果てぬ夢
きっとかなわないこと
never ending story
そのようないつまで
たっても手の届かない
ものに
人は自然と
想いをはせて
しまうのだろう
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