かなえられなかった夢。
人間には様々な夢がある。
しかしそのうちどれだけがかなえられるのだろうか。
現実はいつだって厳しい。
若いころは、
それこそ無限に
時間があるように感じるだろうし、
望めば何だって
なれる気がするものだ。
しかし、長じるにつれ、
その万能感は
少しづつ損なわれていってしまう。
ただ、それでも言えることは、
夢を持ち続けている限り、
それはかなう可能性が
あるということだ。
諦めてしまえば
可能性はゼロである。
けれども諦めなければ、
可能性はゼロにはならないのである。
考えてみると、
死ぬ前に後悔するのは、
夢がかなわなかったこと、
かなえられなかったこと、
そのものよりも、
むしろ
夢をかなえるために
全力を尽くせなかったことに
あるのかも知れない。
- 大津秀一
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先日インターネットでゲームソフトを
製作、販売している経営者の方に会った。
この数年急成長して、
現在社員500名ほどの規模の会社である。
「今、営業マンは何人おられるのですか?」と聞いてみた。
その人にとっては意外な質問だったようで、
「そうですね」としばらく考えられてから
「2名ほどです」と答えられた。
「2名ほど」とはどういうことですか?
とまた尋ねてみた。
「うちは販売は全てネットで行っているので、
いわゆる営業を専門にやっている社員はいないんです。」
と答えられた。
10年少し前では、この規模の会社では
これだけ少数の営業マンしかいないことは
考えられなかったことだ。
この時思ったことは
「僕たちはある意味人と競争をしているだけではなく、
インターネットやPCをはじめとした
ITとも競争している」ということだ。
人間は情報技術を
あたかも召使いのように使っていると思っているが、
実は記憶、メッセージの伝達などにおいて、
情報技術が人間の代替品として
活躍しだしていることを忘れてはいないだろうか?
携帯、ネットの発達とともに、
ある側面においてはコンピューターに
人間は使われていないだろうか?
人間が産み出した技術、サイボーグが
人間を支配していくという筋書きは
SFの中では古典的とも言える展開だ。
それが今まさに現実社会で起ころうとしている。
いやもう起きているのかも知れない。
それは目に見えないところで少しづつ、
確実に起きている。
人間が機械に勝てる能力とは何か?
それを真剣に問われる時代になったのだ。
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